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2014年8月6日水曜日

高橋源一郎さんの本


手ががり② で書いた『街場の憂国会議』の執筆者の中では
高橋源一郎さんの論調が好きでした
こんなふうにやわらかく要点をついてくれる人を織り交ぜていただけると
いい具合に緩急つけながら読み進んでいけます

他の著者と同様、この方が書いたものを見聞きするようになったのも最近のこと
興味深いと思ったのは雑誌 『GQ JAPAN』 のサイトで読める連載

同じく、「非電化工房」 訪問のお話もとても面白いです
高橋源一郎さんのスタンス、視点が、好きなのだと思います

そんなわけで早速


高橋さんと共に「弱さの研究」をしたという辻信一さん
との対談集『弱さの思想』から読んでいます

『101年目の孤独』の方は『GQ JAPAN』に掲載された連載を
修正・加筆してまとめたもの

イギリスの子どもホスピス、「マーティンハウス」のことは両方に出てくるのですが

読んでいると
泣きたくなります

究極の「弱さ」が持つ、強さ、やさしさ、聡明さが訴えるもの、教えてくれるもの
それを汲み取り、共に生きているひとたちの姿(を伝える高橋さんの文章)は
こちらの表面的だったり、浅はかだったりする部分を自覚させ
目をそらしていたものを、そっと視野の内に差し示してきます
あくまでも、そっ と・・・ 

他にも様々な取り組みが紹介されています
強いことや、一番であること、効率がいいこと・・・
そういう、競争や闘いを孕んだ、一部の者が恩恵を享受するための価値ではなく
誰もが内包している「弱さ」というものを中心に据えた
「支え合う」(支援しながらむしろ弱き存在から学ばされたり、癒されたりという)
取り組みや地域づくりが、ある所には在るのですね
(それはもう、スゴイんです☆

そういう社会がいい! という想いが集まれば・・・


高橋源一郎さんの文章は
私にとって
「どこに希望を見いだすか」ということの手がかり
であるように思います

きゅっ と緊迫してしまっているものを
にこっと ほぐして

真上じゃなくて遠くの空を
仰ぎ見るような




『街場の憂国会議』では、高橋源一郎さんの他に
内田樹さんの「株式会社化する国民国家」や
想田和弘さんの「安倍政権による“民主主義の解体”が意味するもの」も
かなり合点のいくものでした

あーー ナルホドね☆
安倍政権はなんでこんなに平気で非・民主主義的なことをするのだろう
と思っていたけれど、今や彼の敵は「民主主義」で
目指しているのは効率の良いトップダウンの独裁制的なもので
「国家権力」を縛ってきた憲法を、今度は「国民」を縛るものに変えたいわけなの
ナットク☆

(と喜んでいる場合ではなく(-"-)
(そんな手法は支持しません、という意志表明をすることが大事かと思いますが

安倍政権が何をしようとしているのか、日本をどうしようとしているのか、についての考察は
今起きていることを理解するのにとても役立ちました
非常にスッキリ☆

手元にある数冊を読んだら、お次は想田さんのブックレット、いってみます


2014年7月23日水曜日

手がかり②


手がかり①で書いた「選書フェア」のラインナップではありませんが
次に巡ってきたのはこちら


『街場の憂国会議~日本はこれからどうなるのか』 


2013年12月の特定秘密保護法の成立を「民主主義の危機」
と受け止めた論者たちによる現状分析、とのこと

必ずしも政治学を専門とするひとだけでなく
宗教学から映画  のひとや、哲学のひと、文芸評論家、文筆家・・・ 
様々な立場・観点からの発論、という点が面白いです

編者・内田樹(たつる)さんによる「まえがき」から早々に面白くガシっと
でも読み進んでいくと・・・ 
これらの「現状分析」はかなりコワい~~

お化けより人間が一番怖い、とは誰のセリフでしたか・・・
論じられている中身がホラーでもSFでもなく
現実に進行している事態であるということが、非常に怖いです

この夏の納涼にいかが~~


前書きってだいじですね
同じく後書きも (私、後書きから読むこともよくあります)

内田さんのブログ「内田樹の研究室」では
これから出版されるご自身の著書 『憲法の空語を充たすために』の「まえがき
が紹介されていましたが
コレがまた、おじょーずなんです(。-_-)

今まさに知りたい、ちょうど気になる
痒い所「そこです」感


ほっといてほしい感 ににじり寄る
あそんでぇなぁ~~ \(-_-。)ナデ


内田さんの言葉を借りれば
私も私なりに「風の音」を感じとっているからこそ
これらを読まずにはいられないことになっている様子

不穏な風の音
行く手を覆わんとする闇に
戸惑いざわめいて。。。

でも感知しているのは
「知れ」「学べ」と
豊かなる方向へ招く風の声でもあります

お化けも正体を知ってみれば
案外・・・ ねぇ?


2014年7月22日火曜日

手がかり①

少し前のこと

世の中のことがわからなすぎて
どうしたらもう少しわかるようになるものか?と
ちょうど会えた信頼する人に
日々何から情報を得てますか? と、尋ねましたら
書店でこんなのやってましたよ、と教えてくれました


河出書房新社の選書フェア


~この国で『普通に』暮らすことさえ息苦しさを感じる人々が増えている今
これからを生きる手がかりとなるような本を届けたいと私たちは考え
このフェアを企画しました~


おお☆


いい手がかりになる予感です

どれを取っても「わからない」からには
ひとつひとつ、巡ってきたものからいきましょうか


試験勉強の合間に読んでいたのはこちら
『「リベラル保守」宣言』

もやもやが晴れていく心地よさったら~

そうか
「保守」って・・・ 「リベラル」って・・・

やさしく丁寧に書かれているとはいえ
全てを理解できたわけではないのですが
この方面に関しての私の疑問は幾分、整理されました

この本で、話のできる土台 “アリーナ”ができることが
筆者の願いだそうで、ハイ、なんとかついていきたいと思います



こちらはもうちょっと前に読んだ本ですが、ついでにご紹介
東日本大震災の後に知人が「読み終わったから」と譲って下さった
やはり「手がかり」的読書案内の本

『いまだから読みたい本~3.11後の日本』

多くのひとが現実を理解し受け止めるための「手がかり」を求めていて
共に探っていけるようにと、様々なカタチの発信がなされているのですね

長らく手に取れずにいたのを、今年になってようやく読めたのですが
3年経ったからといって決して「タイムリーでなくなった」という感じではなかったのは

歴史の中で紡がれてきた言葉たちの指摘するものが
今なお厳しいと感じられる復興の現実と相まって
一体何を学んだのか? と思えてしまうような施策のニュースを
際立たせるからかもしれません

寺田寅彦の「津波と人間」(P.32~)など
昭和8年に書かれたというのに、このたび書かれたものですか?
と思ってしまうような、歴史が繰り返されることを感じさせる
(忘れてしまうことへの自覚を促し、学ぶことの重要性を感じさせるような
文章は印象的でした



はっとさせられる言葉たち
(と、それを紡いだひとたち)を
闇を探る手がかりに


2013年11月5日火曜日

小山薫堂さんの本②

 
ハマると、その時あるものをひと通り読みたくなるタチです
発行年順に読みたいところですが
図書館の予約で用意していただけたものから順次

以下、お勧めというより (いえオススメであることに変わりありませんが!)
同じ内容も繰り返し登場するので (いえ何度でもそれらのお話を聞きたいですが!)
個人的備忘録です
 
  
『つながる技術~幸運な偶然を必然にするには? 』(2010/12) 
わかりやすくコンパクトに書かれていて、項目だけでも印象的
そうだ!久々に名刺を持とう! と思いました
他の本に詳細が書かれている話題も出てくるので、
併せて読むとおさらい効果大、です
 
『もったいない主義~不景気だからアイデアが湧いてくる!』(2009/3)
「チームくまモン」の隊長(?)1冊目のバイブル、と思って読むと尚、深し
 私は結構、薫堂さん的な考え方をしているかも(わ~い^-^♪) と思っていましたが
(恐れ多くも「発想力」のことではなく、あくまでもハピネス論的な「原点」の部分についてですが)
いずれにしてもやっぱり到底かないません
 
例えば、「空いた1時間をどう使うか」
やりそびれの仕事に充てるのでなく、ふだんならまずやらないことをするという・・・!
やりそびれなんか溜めてちゃ永遠に追いつけません(-"-)

(アイデアの泉のような薫堂さんの発想力は「COPS」という能力だそうで
(それを磨くためのヒントがいずれの著書にも惜しみなく
(=だってその方が毎日が楽しいでしょ♪ ってな感じで盛り込まれています

『考えないヒント~アイデアはこうして生まれる 』(2006/11)
『もったいない主義』で印象的だった「勝手にテコ入れ」の話は
先にこちらで「アイデア体質をつくるために効果的なトレーニングの一つ」
として書かれていました
「日々、目に入るあらゆるものに、勝手にテコ入れする」
イイ! コレ、相当イイ!
 
私も、時々「大きなお世話」を焼いてしまうのです。頭の中で。
せっかくの商品が、設備が、条件が、「もったいないな~」・・・ と
もっとこうしたらいいのにな~ と・・・
 (前のトピ 「薫堂さんの本①」 の文末に書いたようなコトです)
 
私などに言われては愉快であるまいと思うので言わないのですが
それでは意味も無く、自分の中のもやもや感と、「もったいない」感
だけが残るね・・・と思っていたら
その考察は、自分のトレーニングに有効なのですね! やたー^-^/ ☆
  
私の中には只今、ふたつの「テコ入れ」案件があります^m^ うふ 
 
アラ探しをしているつもりはなく、むしろ
世の中は「すごいな~」と感心させられることの方が圧倒的にたくさんあって
自分に足りないものを痛感する日々
の中の二つですから、私にとってはよほどのこと
 
あまりいちいち気になると、自分を「ヤナ性格~(-"-)」 と思いそうなので
なるべく 「(-"-)?」 と思っても 「ココはそういうトコロなのね~」と
受け止めてスルーする方向にむしろ努力をしてきたのですが
自分のトレーニング♪ と思えば一転、愉しいプランニングレッスン~♪

「ム(-"-)」 と思ったら見逃してはなりません
題材を下さってむしろありがとう~♪ な☆  ^-^ふふ~♪
  
 
こちらは読みかけですが
やはりこういうものは
その方が世に出した「仕事」をいくつか
拝見・体験した上で読むのがいいですね
 
  
ちなみに私の「勝手にテコ入れ」案件は、個人レベルの事業体についてではないです
小規模事業主様たちには日々の労働にひたすら敬意
ただただ素晴らしい点を学ばせてもらうのみです

私がつい、気になってしまうのは、だいたい第3セクターや自治体、
その地域の観光を担っているような、立派な設備や資本のあるところ
扱っているモノにもうちっと関心や誇りを持たんかね・・・ とか
もうちっとお客様に喜んでもらおうと思って仕事できないものかね・・・ とか

ウリになるのものを持っていながらそこが全くアピールされていないのはなぜだろう?

とか・・・
わざわざ県外から日本海を目指して来てくださったお客様にこの刺し身を出すかね(/_;) 
ていうのもありました・・・
私は、海無し県の名前のプレートを掲げた御一行様方に
ホントはこんなんじゃないんです(>_<)
佐渡の魚はもっと美味しいんです(>_<) ゴメンナサイっ
と心の中で詫びて叫びましたよ・・・  (アレは猛烈に残念だったなぁ。。。
 
いろんな経営事情があるとは思うのですが
観光でやっていきたいと言うなら今すぐやれることがもっとある
と思うシーンがつい、目についてしまいます
 
金沢や長野に行った時にいつも、うわっ☆ さすがっ☆という
感動体験をするからでしょうか・・・
ニイガタだって負けてないぞーーー!と言いたくて
日々地元のいいところ探し&改善策探し・・・
 
を勝手にすることを、これからは薫堂さん的愉しみ  (いえ、トレーニング)
といたします♪
 




2013年11月4日月曜日

小山薫堂さんの本①

 
『くまモンの秘密』に続き、“チームくまモン” のバイブルであったという
小山薫堂さんの本を、順次読んでいます
 


『人を喜ばせるということ』(2009/4)
これまで薫堂さんが仕掛けてきた仕事以外でのサプライズの数々の実例集(?)

いやはや、スゴイです
実に手が込んでいます
お仕事も忙しいでしょうに、同じく忙しいであろうスタッフや取引先の方まで巻き込んで
(シゴト以外のことで!) のサプライズ 

それは、ただ驚かせ感動させるだけではなく、「幸せが残るような」ものであり
サプライズされた人が、何か気付かされるようなものであること。。。
ですって☆

自分も楽しみながら、だれかを幸せにしたいという思いをベースにした企てが
思いもよらない幸福感をもたらしてきたことが伝わってきます

そして、これらをヒントに「熊本サプライズ」を興し、実践してきた
熊本県の仕掛け人の方々に、改めて敬意を感じました
自分の仕事に置き換えて、実践するって、やっぱり大変なことだと思うのです
既存の思考や在り方を変えながら、新たなものを生み出し、実績を残していく・・・

想いを波及させる「言葉のちから」についても
実感させられます

『小山薫堂 幸せの仕事術』(2012/8)
これまで手掛けてきた仕事について
「仕掛けづくり」が「仕事」みたいな方ですが、
仕事の中で更に仕掛けたことの実例と、その根底にある考え方について

いろんな業種の「いいシゴト」(自分もお客様も満足できる)
に共通するエッセンスが詰まっていると思います


   
私が薫堂さんの話から学ぶことのひとつには
お客としてちょっと「残念」に思うような出来事と出会った時に
どうふるまったら気持ちよく変化をもたらせるか・・・
みたいなこともあります
 
薫堂さんは、「褒めること」「やる気を喚起させること」が
上手ですね☆
 
ご自身の周りでは自らの行動を以て
読者に対しては信念を込めた言葉とカタチになった仕事を以て
相互ハピネスに向かわせるような力を
振り撒いておられる気がします
 
私にも撒かれました~☆
 


2013年10月22日火曜日

『ペコロスの母に会いに行く』


「ご予約の本が用意できました」と
84番目だった私にお知らせが来ました


書店で立ち読みした時と同じところでまたキュゥゥっとなりながら

夏に亡くなった祖母の晩年を思ったり
(親のことははかりしれないので)自分のことを想像したりしました
自分の「その時」 
(親を介護する時ではなく、自分が要介護あるいは認知症になった時)
何を思うでしょう・・・

これまでの過去の私の元にも、未来の私は時々、訪ねてくれてるのでしょうか・・・














昨日遠方から訪ねてくれた Kちゃん一家のことも思いました

前日とはうってかわって快晴のもと、1年ぶりの再会
ほかほかの赤ちゃんだったミーちゃん(仮)は私の想像を越えて大きくなっており
もうしっかりと歩けるようになっていました

一緒に歩いていると、すれ違うひとの視線がみな
ミーちゃんに注がれているのがわかります
背広のサラリーマンさん、作業着のお兄ちゃん、足早に歩くおねえさん・・・

歩道の端で、手押し車の椅子部分に腰掛けて休んでいたおばあちゃんなどは
もう満面のニコニコ顔で・・・

3人の様子を見ながら後ろを歩いていた私は
こぼれんばかりの笑顔のおばあちゃんが更に微笑ましくて
私の視線に気づいたおばあちゃんと、同じ笑顔を交わした小春日和

世界をつなぐのは
世代の両端にいる天使たちなのだなと思ったり

そんな素敵な「端っこ」に向かって
私も日々を重ねているのだなと思ったりして・・・

うん
悪くないです


 
予約の順番を待っている間に
原作は映画化され、近く公開されるとか

私はイメージができてしまったので
観ないでおきましょうか
 
なんといっても原作の絵のタッチと手描きの文字が
あたたかくて、やさしくて
好きです

「となりの山田くん」みたいに
実写じゃなくてアニメーション化だったらね♪
  
 

2013年10月15日火曜日

『くまモンの秘密』


前に 米山の余談 で くまモン のことを書いた後
改めて気にしていたら、すっかりくましくなってしまいました
おっと失礼、くまモン語が出てしまいました

くましくはこちらを↓
 
 
今やビジネス誌でも特集されているのを毎月のように見かけますが
こちらは誕生から今に至るまでの、くまモン産みの親、育ての親たちのお話で
これまでの経緯もわかりやすく、実に興味深いものでした
 
ワタクシも、くまモンをただの黒いくまキャラとして愛でているだけではないのですよ(。-_-)
くまモンが背負っているもの、込められているものにこそ興味があるのです
(「熊本サプライズ」ですね)
 
これが企業ではなく自治体発信であるというところに意味があります
つまり予算は税金であり、目的は(くまモンの場合)熊本県民の利益です
想いの心髄、発想の原点は、学ぶところがとても多く
チームくまモンが大切にしているものは実に共感できるものでした
 
先に紹介した佐藤雅彦さんの『考えの整頓』と並行して読んでいたので
「仕掛け」というものについて考える上でも実によかったです
 
くまモンは、もともとは九州新幹線の全線開業に際して
大阪~鹿児島間で素通りされないために、熊本県の魅力を発信するために、
というところから始まった「熊本サプライズ戦略」の中の副産物とのこと
 
「素通り」・・・ どこかで聞いた話です
北陸新幹線開業にあたっての上越市の懸念です
その払拭のために、何をしたのか?してるのか?上越市は、新潟県は

実に考えさせられます
ニイガタの弱い部分、不得手部分がよーくわかります
(同じく 自分についてもね)
 
費用対効果を最大限にする努力がなされているか? とか
地元の観光アピールの仕方や、
その看板役として生まれたキャラクターたちの活用のされ方を
問いかけずにはいられません 
 
でも逆に、ニイガタらしさ、ニイガタならではの得意なこと、良さってなんだろう
とも考えます
 
最近は、これまで以上に、どこへいっても何を見聞きしても、
ニイガタではどうか、ニイガタには何があるか、そんなことを考えます
他県を見ながら、県内のいい所(魅力)探しをしつつ
自分には何ができるか考えます
 
当面すべきは、ニイガタの素敵なこと(ひと・場所・風土)をもっと知ること、好きになること
まだまだ知らないことがたくさんです
 
 
くまモンがただのゆるキャラじゃないこともよーくわかり
私はファンごころを正しましたよ
 
 
えへ
 
まっ黒い身体におてもやんの赤いぽっぺとちょびっとの白
猫目の「サプライズ顔」ということも相まって
最初は子どもたちに恐がられたとか
(そこが甘すぎなくていーんですけどね)
 
文中ではいろんな点で「浦安の黒いねずみさん」がお手本であったと
学ぶべきこと、通ずるものがある、という話も出てきましたが
外見的にはあのねずみさんよりむしろコチラのねこですね
 
 
衣装ケースにしまい込んでいた黒猫・ジジを取り出しましたら
あら、3色使いとお目目がくまモンと一緒
悪者じゃぁないとわかればまっ黒でも愛されること間違いなしの完成形
 差し色の赤がポイントです
ちなみに
くまモンのマスコットはまだかわいいやつを見たことがないです
どう見ても別熊
顔(表情)と体型の再現が難しいのでしょうか
現地、熊本にはいるのかなぁ・・・
いえ、買いませんけどね
我が家にジジがいるのも若気の至りですよ(。-_-)
 
ついでにジジの画像を検索したら・・・ あら、このコもいろいろなのですね
うちのコが一番かわいい (。-_-)  ←あほ
 
  
例の米山余談を書いた後、近くのスーパーで、「くまモン焼きそば」が「商品入れ替えの為  値引き」
となっているのに気付いてあわててひと袋買いました
熊本産トマトの効いたソースも麺もとても美味しかったです 
 
熊本はトマトの生産量日本一ですって! (ほんと、いろいろと詳しくなりました
熊本の市外局番も知っています。
なぜならくまモンのユニフォームの背番号だから(-_-。096
 
あの焼きそばは、あのスーパーで唯一のくまモンアイテムだったのですけれど、後日、撤収されていました
前から並んでいた旭山動物園の袋ラーメン2種は未だに並んでいます
 
これはくまモンブームの衰退というより、ターゲットとしてココらは含まれていないというあらわれでしょうか
これからは海外進出を狙っているというチームくまモン
北日本への浸透もそこそこに海を渡って行っちゃうわけですが
遠いこの地にも、いつか大阪から新幹線で熊本へ! と熱き思いを抱く者を確かに一人、誕生させましたよ
 
・・・と書き終わるつもりだったのですが!!
 
先日、山形県へ行ったのですけれど、なんと鶴岡にはくまモンがいっぱい!!
うーむ(-"-)
これは新潟の交流性を考えてみねばですか・・・
と思っていたら、次に読んだ本で、鶴岡と熊本のつながりも知ることとなりました
これ、また書きます
やはり素晴らしい仕掛け人がいるのですね
市場としてのターゲット云々というより、コチラの引き寄せ力、つながろうとする力の
方向性の問題なのだと思いました
 

2013年10月10日木曜日

『人と人をつなぐ料理』


山形・鶴岡の日記で触れました
「地場イタリアン」の店、アルケッチァーノのオーナーシェフ
奥田政行さんの著書


彼が目指してきたものは、
単に「地元でとれたものをいただく」という意味の「地産地消」ではありませんでした

もっと根源的な、その土地を活かすということ
その歴史・風土を知り、大切にするということ

消えゆく在来品種を復活させ
生産が成立するだけの消費環境を作り 
その土地で暮らす人々に、しあわせな循環がもたらされるようにすること・・・

シェフは料理人として、厨房に立つだけではない役割を意識し
実践してこられたのでした
ふるさとへの熱い想いがありました

それらを外に発信し、交流が生まれ・・・その結果として
自身の店がにぎわったり、生産者が豊かになったり
そして町のスーパーに地元の野菜が並ぶ傍らに
くまモンが(商品のラベルとして)居たりするのではないかなと。。。


新潟では見かけないシリーズ
くまモンシール付き~ 
ちょうど欲しかったんだよ~(。-_-) 干しシイタケが


くまモンは単なるわかりやすい例で
「九州屋」さんというのがあったり、「青森屋」さんというのがあったりして
県外各地との交易もあるであろうことが容易に想像できるというか
地元を大切にしながら閉鎖的でないのを感じるというか

『くまモンの秘密』にも、奥田シェフの名前がチラッと出てきましたが
交流したい人同士は距離があろうともつながれるのですね☆

著書では、熊本の飲食業界の方々をはじめ、奥田シェフに学びたいという
全国各地の方々との交流が紹介されていて、
新潟では長岡からのお呼びに応えてくださった折に、
長岡の在来品種「かぐらなんばん」について大変評価してくださっていた様子


著書の紹介とは離れますが
「食品の流通」というのも面白くて
旅先のスーパーでご当地ものを探すのが楽しみのひとつなのですが

今回は「あつみかぶらの漬物」を自宅のお土産に買ったのですけれど
新潟に帰り着いたその足で地元のスーパーにも寄ったところ
同じ商品が鶴岡のスーパーより安く売っておりまして!(*_*;

日頃あまり漬物を買わないので知らなかったのですが
その後気にしていると、新潟市ではふつうに売られているのですね^-^:
新潟市は山形県とも近いし
あつみかぶらが手放せない山形の方もたくさん住んでおられるとか?

新潟県内でも
長岡と見附で立ち寄ったスーパー2軒では取り扱われておらず
別のメーカーのものはあるけれど、味がイマイチ好みでなかったです
県が隣接する辺りの、文化が一部混ざり合った地域性もまた
興味深いです



この著書から私が得た結論は
「自分の住んでいる土地を好きになること」
好きになるにはまず「知る」こと
地域が元気であるためにまずは自分が元気であること
の再確認でした

それぞれの「役割」を見つけるヒントになるかもしれません


2013年9月17日火曜日

『考えの整頓』

あるひとつの人生の楽しみ方、的な。


筆者の佐藤雅彦さん 実に楽しんでおられます。

ご本人独特の感覚や感動が、こうもうまく言語化され伝わってくることにまず感動。
そこここで「クラッ」とさせられるのもまた、実に気持ちのいいことでした。

「クラッ」というのはある一篇に出てくる表現ですが、自分が想定する「思考的枠組み」が外れたり壊され、事象の意味を一瞬見失った時に感じる軽いめまいのような気持ちだそうで、そういう意味で私は何度も「クラッ」とさせられました。

筆者の思考の展開に、そうきたか!そうきます?! と時に笑いを吹き出しながら、文中の言葉に置き換えるならこの感動が「クラッ」ってことなのね、などと思ったりして。
『暮らしの手帖』の連載ということもあり、理解するにやさしい言葉を選んで下さったのでしょうか。気持ちよくイメージできる文章のはしばしに言葉のちからを感じて、また「クラッ」とするのでした。

その驚きや感動からくる「クラッ」が、固着している思考を揺さぶってくれるのが気持ちよくて、思いもよらない出来事に出会えるスポーツや芸術が愛好されるのだそうですが、筆者は多分に、特異な現場でなくとも日常の中で、いろんな「クラッ」に出会える方だと思われます。
要は視点の問題で、それをいろんな角度から提示することが本職でいらっしゃるのかな。

本の内容も筆者のことも知らずに、たまたま手に取った1冊でしたが、読み始めてすぐに「☆☆☆」
このひとだぁれ?!と巻末を見ると Eテレの「2355」 などの企画・監修も手掛けている方でした。



この本では、筆者がひとつの「不明な」出来事を「見据える」ために、そういえば、と過去の記憶をさぐると、過去と今の点と点がつながって新たな意味が発現するのですが、そういう伏線(という言い方を彼はしていませんが)と化す点と点の発生が、偶然の事もあれば、過去の自分が未来の自分に仕掛ける点もある、という話も興味深いものでした。
彼は、自ら伏線を張る、みたいなことを、ひとを楽しませるための「幸せなイタズラ」としてしかけたりもするというのですが、それに続く内容として、以下は文中の言葉を用いての要約です。

[project]という言葉は~ 
前に(=pro) 投げかける(=ject)ということを語源として、一般的には「企て」とか「計画」とかという意味で使われている。
私は、この『プロジェクト』という言葉に、その根源的な意味をもう一度付加させて、「未来に投げかけること」という意味合いで、自分やスタッフに対してこの語を使うことがある。別のいい方をすれば、将来に、その価値が発現されることを強く意識した活動を、自分たちの『プロジェクト』として定義し直したのである~

それは地面に何かの種を埋めた時のような期待と希望が生まれることであったり、
目線が目先のことだけに向けられることを防いだり、
その20~30年はゆうにかかるであろう、完成するのかもわからないプロジェクト構想があるから、
今の自分がどのように行動すればいいのかが分かるのである。 


「夢」というのはまさにその人の [project] と言うべきものですね。
夢を公言したり、語り合うというのは、それを誰かと共有し、一緒にお互いの未来をワクワクするための仕掛けであると言えますが、「共に未来に投げかけたのだ」 と思うと、改めてうきっとします。
「投げかける」って、責任をもって先に提示する、ということかもしれません。
「さあどう出る?」 という人生のワクワクを、自ら用意すること。うき~~☆



そういうつもりで作りました
7月に蒔いた種
43人分の [project]
 
 
久々に、先入観無く手にした本がヒットしたのが嬉しくて
長々と書いてしまいました
ご本人は、自身より作品が世に出ることが正しい
と思っておられるようですが
面白い作品に出会うとその作者のことも気になるものです
想いを新たに久々に観た「2355」は、また別の味わいがありました 

「よんきびう隊」がすきです♪